
2010年02月24日
「太平の眠りをさます上喜撰たった四はいで夜もねられず」。上喜撰とは、お茶の銘柄のことですが、この狂歌は幕末の嘉永6年(1853年)6月に、ペリー提督のひきいる米国艦隊が浦賀に現われたときの、江戸市中の騒動ぶりを風刺したものです。
しかし、黒船の来航で驚いたのは、市民というよりは幕府自身。外国艦船の攻撃から江戸をまもるにも大型船すらありません。そこで考えられたのが、台場(砲台)の築造です。11の台場の築造を予定し、結果的には、品川沖に6つの台場を造りました。しかし、ついに使うことなく、放置されました。これが「品川台場」で、設計者は伊豆韮山の代官・江川太郎左衛門です。
六つの台場は、昭和の年代まで残っていましたが、東京湾を整備する必要から4つが取り除かれ、原形を最もよく保存している第三台場と第六台場の二つだけが国指定の史跡に指定されて、今に残っています。現在、第三台場は台場公園として開放され、第六台場は植物や野鳥の宝庫になっており、学術的にも貴重な場所として保全のため立入禁止となっています。
お仕事で利用される方へ


安政元年(1854年)5月の竣工。関東大震災で被害を受けましたが、それを修復。昭和3年(1928年)に整備して公園として開放しました。当時は海上にありましたが、埋立地造成により陸続きになりました。周囲は高さ5メートル〜7メートルほどの石垣でその上に土手が築かれています。北側には石組みの船着場跡があり、往時の面影をしのばせます。台場中央には台場守備隊の休憩所と呼ばれる兵舎があり、今では礎石のみが残っています。そのほかにも、防御施設にかかせない火薬庫、玉薬置所などの跡もあります。
●第六台場

安政元年11月の竣工。今でも海上にあり、立入禁止になっています。そのため植物や野鳥の宝庫になっており、学術的にも貴重な存在といわれています。台場公園の土手に登って眺める第六台場と、広々とした東京湾の景色はまた格別です。
●ウィンドサーフィン

台場公園の南側に隣接するお台場海浜公園はかつて貯木場であった所で、波が静かです。そこに目をつけた若者達がウインドサーフィンの場に利用するようになりました。都心から近く、交通の便もいいので、週末になると浜辺はウインドサーファーでにぎわいます。

| 開園年月日 | 1928年7月7日(昭和3年) |
|---|---|
| 開園面積 | 29,963.40平方メートル |
| 所在地 | 東京都港区台場1-10-1 台場公園 |
| 樹木数 | 高木:193本 |
| 主な植物 | クロマツ、アジサイ |

交通
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公園センター 〒135-0092 東京都品川区東八潮1-2 電話 03- 5500-2455
東京都立台場公園