台場公園

GoogleMapで表示する場合はこちらから

臨海副都心エリアのマップを見る

「太平の眠りをさます上喜撰たった四はいで夜もねられず」。この狂歌は幕末の嘉永6年(1853年)6月に、ペリー提督のひきいる米国艦隊が浦賀に現われたときの、江戸市中の騒動ぶりを風刺したものです。
しかし、黒船の来航で驚いたのは、幕府自身。外国艦船の攻撃から江戸を守るにも大型船すらありません。そこで考えられたのが、台場(砲台)の築造です。結果的に品川沖に6つの台場を造りました。しかし、ついに使うことなく、放置されました。これが「品川台場」で、設計者は伊豆韮山の代官・江川太郎左衛門です。
六つの台場は、昭和の年代まで残っていましたが、東京湾の整備上4つが取り除かれ、原形を最もよく保存している第三台場と第六台場の二つだけが国指定の史跡に指定されています。第三台場は台場公園として開放され、第六台場は植物や野鳥の宝庫になっており、学術的にも貴重な場所として保全のため立入禁止となっています。

ページの先頭へ戻る